大判例

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東京地方裁判所 昭和62年(特わ)1256号 判決

主文

被告人を懲役二年四月に処する。

未決勾留日数中、右刑期に満つるまでの分をその刑に算入する。

理由

(罪となるべき事実)

被告人は、戦旗・共産主義者同盟の構成員ないしその同調者であるが、

右組織の構成員である氏名不詳の者らが、いずれも共謀のうえ、他から調達したA、及び、Bの各所有に係る普通乗用自動車を、それぞれ利用し、その各トランク内に、金属性発射筒三本等を取り付け、時限装置により右発射筒から発射する飛翔装置付きポリ容器にガソリンを入れ、着地時の衝撃で火薬類を発火させて右ガソリンに引火させる信管を点火装置として取り付けた火炎びん(以下「火炎弾」という)三個及びダンボール箱とポリ袋を一体とした容器にガソリンを入れ、同じ時限装置により発火させる発炎筒二本を点火装置として取り付けた火炎びん一個をそれぞれ設置し、更に右各自動車の車室内に、ポリ容器にガソリンを入れ、同じ時限装置により発火させる発炎筒一本を点火装置として取り付けた火炎びん一個を設置したうえ、

一  昭和六一年一〇月一四日午後五時二〇分ころ、東京都千代田区霞が関一丁目一番三号東京検察合同庁舎南側路上において、同所に駐車させた前記A所有の普通乗用自動車内に設置した時限装置を作動させて前記火炎弾三個を発射し、うち一個を同区霞が関二丁目二番一号先歩道上に落下させ、着地時の衝撃で火薬類を発火させて容器外に流出したガソリンを燃え上がらせ、他の一個を同区霞が関一丁目一番四号先路上に落下させ、その余の一個を右自動車のトランク蓋に衝突させるとともに、同車のトランク及び車室内において、前記発炎筒三本をそれぞれ発火させて前記ポリ袋等を溶解させ、同ポリ袋及びダンボール箱からガソリンを流出させてこれを燃え上がらせ、もって、火炎びんを使用して人の生命・身体及び財産に危険を生じさせ

二  前記日時ころ、同区永田町二丁目一〇番三号キャピトル東急ホテル付近路上において、同所に駐車させた前記B所有の普通乗用自動車の時限装置を作動させて前記火炎弾三個を発射し、うち一個を同区永田町二丁目五番二号サイエンスビル屋上防球ネットに衝突させ、他の一個を同区永田町二丁目六番地の空地に落下させ、その余の一個を右自動車付近の街路灯及び同区永田町二丁目一一番一号のプレハブ建物二階のクーラーに順次衝突させるとともに、同車のトランク及び車室内において、前記発炎筒三本をそれぞれ発火させて前記のポリ袋等を溶解させ、同ポリ袋及びダンボール箱からガソリンを流出させてこれを燃え上がらせ、もって、火炎びんを使用して人の生命・身体及び財産に危険を生じさせたが、これに先立つ同月上旬ころから中旬ころまでの間、同じ組織の構成員ないしその同調者であるC及びDと共同して、時限装置の材料部品を購入・調達して、横浜市港北区〈住所省略〉○○荘二〇三号室に運び込み、同所において時限装置二個を作製したうえ、これを前記の各時限装置として提供し、よって、右C及びDと意思相通じて、氏名不詳者らがした前記一、二の火炎びん使用の各犯行を、それぞれ容易ならしめて幇助したものである。

(証拠の標目)〈省略〉

(争点に対する判断)

第一  本件公訴事実(ないし立証主題)と当裁判所の判断

本件公訴事実の要点は、被告人が、ほか数名と共謀のうえ、判示一及び二の各犯行(共謀以下の冒頭部分を含む)に及んだ、というものであり、検察官は、立証主題として、本件が、被告人に関しては、C、Dほか氏名不詳者ら数名との事前共謀を内容とする共謀共同正犯であり(第一回公判調書中、検察官作成の釈明書参照)、昭和六一年九月初めころまでに、C、Dほか共犯者らとの間で、各自の任務・役割を分担したうえ、首相官邸及び運輸省の各建物に対して、同所付近の二箇所の路上から火炎弾による攻撃を実行に移すことを共謀し(冒頭陳述書第二の一・二)、その結果、被告人が分担した任務・役割は、少なくとも、

1  昭和六一年九月初旬ころ、本件の火炎弾発射等に必要な時限装置製造の場所に供するため、○○荘を確保した

2  そのころから同年一〇月中旬ころまでの間、C、Dと共同して

〈1〉 時限装置の材料部品を調達して、右○○荘に運び込み、同所において時限装置二個を製造した

〈2〉 火炎びんに用いる工業用ガソリンを調達した

〈3〉 発射装置に用いる資材の一部を調達した

旨(第三九回公判調書参照)釈明し、捜査機関からの嘱託による鑑定書等によって、各現場に残された遺留品と被告人らが出入りしていたアパート(後記○○荘二〇三号室)からの押収品及び搬出品との間に、高度の関連性があることを立証する一方、右アパートに被告人及びC、Dが出入りしていた状況を、同人らの行動視察に従事していた警察官の証言や、その際に撮影した写真等によって立証するという態勢で臨んだ。

他方、弁護人らは、被告人と本件火炎弾の使用とは何の関係もなく、本件事前共謀なるものの日時・場所及び態様は結審に至るまで全く明らかにされていないうえ、検察官提出の証拠には種々の疑義があり、結局、被告人に関する共謀共同正犯としての共謀の立証は不十分であり、被告・弁護側が反証をなすまでもなく被告人は無罪である旨、主張する。

当裁判所は、罪となるべき事実の項で認定のとおり、被告人と本件火炎弾等の発射・使用との間には、証拠上、幇助の限度で結びつきが認められるにすぎないと判断したものであるが、以下この理由を詳述する。

なお、以下の説明においては、年月日について特に断りがない限り、「昭和六一年」を、また、証拠の表示は、別紙「証拠の引用例」に従うこととする。

第二  本件事案の概要と証拠上明らかに認められる事実

一  本件は、一〇月一四日午後五時二〇分ころ、東京都千代田区霞が関一丁目一番三号東京検察合同庁舎南側路上(以下「第一現場」という)に駐車していたA所有の普通乗用自動車(ニッサンセドリック・沼津××す○○○、以下、「A車」という)内に取り付けられていた、時限装置により金属性発射筒から発射し着地時の衝撃で点火する飛翔装置付火炎弾三個が、右時限装置の作動により発射され、うち一個は同区霞が関二丁目二番一号先歩道上に落下して発火し、容器外に流出したガソリンが燃え上がったほか、他の一個は同区霞が関一丁目一番四号先路上に落下し、その余の一個は右自動車のトランク蓋に衝突し、また、同車後部トランク内に設置されていた発炎筒が発火してガソリンに引火し、同車両が炎上したという事件(〈証拠〉)と、同じころ、同区永田町二丁目一〇番三号キャピトル東急ホテル付近路上(以下「第二現場」という)に駐車していたB所有の普通乗用自動車(ニッサンブルーバード・沼津△△の××××、以下「B車」という)に取り付けられていた前同様の火炎弾三個が時限装置の作動により発射され、うち一個は同区永田町二丁目五番二号サイエンスビル屋上防球ネットに衝突し、他の一個は同区永田町二丁目六番地の空地に落下し、その余の一個は右自動車付近の街路灯及び同区永田町二丁目一一番一号のプレハブ建物二階のクーラーに順次衝突し、また、同車後部トランク内に設置されていた発炎筒が発火してガソリンに引火し、同車両が炎上したという事件(〈証拠〉)であり、以上の事実は、証拠上明らかで、被告・弁護側にも争いはない。

二  ところで、第一、第二現場における火炎弾の発射が、具体的に誰によって実行されたものかは不明であるが、第一現場で利用されたA車は、静岡県沼津市大塚の青空駐車場内において、一〇月一三日午後一一時三〇分ころから翌一四日午前七時ころまでの間に盗まれ(〈証拠〉)、第二現場で利用されたB車は、同県富士市富士見台の県営住宅専用の青空駐車場内に施錠・駐車していたところを、同月一三日午後六時三〇分ころから翌一四日午前六時四〇分ころまでの間に盗まれ(〈証拠〉)、その後、後述の構造を有する、いずれも手製の、火炎弾、発射台、時限装置ないしその他の部品が各車両に組み込まれたうえ、一四日午後五時ころには、第一、第二現場に運び込まれており、これらのことから、本件の遂行過程には、相当数の者が関与しており、いずれもあらかじめ綿密に計画された手順に従って、組織的になされた犯行であることが推認される。

第三  現場遺留品の状況

一  火炎弾の構造等

本件の火炎弾(合計六個)は、いずれも手製のものであり、先端にボルト・雷管・黒色火薬を付け、ガソリンの入った樹脂容器が金属性缶に組み込まれ、これに木製棒が接続され、先端のボルトが対象物に衝突する衝撃により、黒色火薬・ガソリンに発・引火させるという、同一の構造・機能を有するものである(〈証拠〉)。

二  車両内に残された装置一式

第一現場(丸の内警察署扱い)及び第二現場(麹町警察署扱い)に残された各普通乗用自動車の後部トランク及び車室内には、以下のように、同じ規格の部品により組み立てられた、構造・機能において同一の装置一式が遺留されている(〈証拠〉)。

なお、以下の括弧内においては、検察官請求証拠等関係カード番号・裁判所の押収物総目録番号/遺留品を撮影した写真の順で、記載することとする。

1 装置を構成する部品

(一) 車室内のコンソールボックス内に置かれた黒色合成樹脂箱(「スイッチボックス」、〈証拠〉)

箱の表面には、赤色発光ダイオード一個とイヤホン(ミニ)ジャック二個が設けられており、側面の一つに孔が開けられて、ここに黒色被覆コード(外側の黒色ゴムチューブに「7CMVV FUJIKURA」の表示があり、内部は七色のビニール被覆線により構成されている〔うち灰色線は他より露線部分が長い〕)が、合成樹脂様接着剤で固めて取り付けられており、後述する合成樹脂容器(「ベルタイトボックス」)にメタルコンセントを介して接続されている。

(二) 運転席の床に置かれた瓶型合成樹脂容器と発炎筒(〈証拠〉)

発熱線(点火用ヒーター、線径〇・二ミリメートルで、鉄・クロム・ニッケル合金の電熱線、〈証拠〉)を圧着端子(「JST 05-3」の刻印がある)により単線(線径約〇・六ミリメートル)と圧着・接続したものが、自動車用緊急保安炎筒(発炎筒・「セフティライト・燃焼時間5分・KF25」の表示がある)に緑色ビニール粘着テープで取り付けられており、右単線と保安炎筒が更に瓶型合成樹脂容器(第一現場遺留品については「工業用ガソリン」が、第二現場遺留品については「自動車用ガソリン」が入っていた。〈証拠〉)に赤色ビニールテープで取り付けられている。単線は白色平形ビニールコードに半田付けされており、ベルタイトボックス内の電気回路とは、コネクターを介して、赤・黒平形ビニールコードにより接続されている。

(三) 後部トランク内のダンボール箱に入った装置

(1) ダンボール箱(〈証拠〉)

既に焼燬・炭化しているが、印刷による「水ぬれ注意」等の共通の記載がある。

(2) 黒色ビニール袋に収められた合成樹脂容器(「ベルタイトボックス」、〈証拠〉)

スポンジの詰めもの入りの蓋付合成樹脂容器(第一現場遺留品は薄い緑色〔なお、カラー写真では黄色に写っている〕、第二現場遺留品は白色)で、次のような主要部品が入っている。

〈1〉 乾電池関係

単一形乾電池一二個(TOSHIBA・キングパワーU)と単三形乾電池四個(National・NEO-Hi-TOP)が立てた状態で収納されており、側面は黒色粘着テープで固定されている。

単一形は三個を並列接続して一組としたもの四組が直列に接続されて、六ボルト電源となり、点火用ヒーターの電源になっている。乾電池間の接続には白色ビニールコード(一部に「〒12-1986-KHD」の表示がある)が使われ、陽・陰極に半田付けされている。

単三形は被覆ビニールコードを半田付けして四個直列に接続され、六ボルト電源となり、電気回路の電源となっている。乾電池間の接続には、白ないし黄色ビニールコードが用いられている。

〈2〉 電気回路

六角ネジ二本で固定された上下二段の回路基板によって構成され、四本の黒色スペイサーでベルタイトボックスに固定され、基板にはビニールコードが接続のうえ、白色結束バンドで留められ、各種のIC、トランジスター、発光ダイオード、抵抗、コンデンサー等の電子部品が取り付けられている。

七つの発熱部とは、ベルタイトボックスに開けられた孔を通し(合成樹脂様接着剤で固定されている)、平形コード専用のコネクターボディ(メス・「ナショナル・WH4615」の表示がある)及びコネクタープラグ(オス・「ナショナル・WH4415」の表示があるものが各二つ用いられている)を介して、平形ビニールコード(ボディ側は赤・黒のもの〔一部に「1985」の表示がある〕、発熱部側は白のもの)により接続されている。

(a) 上段の基板(「あなあき基板」)

各現場遺留品とも、短辺に青緑色でアルファベットの表示があり、前者ではAないしL、後者ではNないしYの文字が判読できるほか、前者と後者にはMの左右部分がそれぞれ分断されていることが判読できる(このことから、一枚の基板を左右に切断して、両基板に用いたことが推認される)。

各基板には、一四個の接続端子を有するIC(集積回路)一個(型式表示は認められない)、IC用ソケット一個、トランジスター二個、(「C1815」の表示がある)、緑色及び赤色の発光ダイオード各三個、黄色(橙色)発光ダイオード一個、抵抗器二〇個、コンデンサー一個(「223・KCK」の表示がある)が、同一構成で配置されている。

(b) 下段の基板(「プリント基板」)

各基板には、八個の接続端子を有するIC二個(「T・TA755P」の表示がある)、一六個の接続端子を有するIC三個(いずれも型式表示は認められない)、ICソケット三個、トランジスター二五個(「C1815」の表示があるものと、型式が消されているものがある)、抵抗四〇個(六種類)、コンデンサー九個(「223、KCK」等四種類の表示がある)が、同一構成で配置されている。

(3) 黒色ビニール袋と発炎筒(〈証拠〉)

黒色ビニール袋(「自動車用ガソリン」が入っていた、〈証拠〉)に接着して、前同様の構造の二組の発熱線付保安炎筒が存し、単線は白色平形ビニールコードと半田付けされ、ベルタイトボックスとはコネクターを介して、赤、黒平形ビニールコードにより接続されている。

(四) 後部トランク内に設置された発射台(〈証拠〉)

(1) 発射装置本体(支持台)

後部トランク内に設置された支持台は、等辺山形鋼、ダクター、ダクタークリップ、長ねじ(これでトランク内側面を押しつけて固定している)、ボルトナット、パイプ等で組み立てられており、発射時の反動の補強材として、トランク底面に等辺山形鋼がねじで止められている。

ダクターの仰角は約四五度で、これにダクタークリップにより内側底部に黒色火薬を詰めた(〈証拠〉)三本のキャップ付パイプが取り付けられており、内側底部には前同様の構造の発熱線が導入され、単線は白色平形ビニールコードと半田付けされ、ベルタイトボックスとは、コネクターを介して、赤・黒平形ビニールコードにより接続されている。

(2) トランクリッド開閉装置

トランクリッド床後端の孔と左側トランクリッドヒンジとの間に、合成樹脂製リングを通したゴムひも(両端にフックの付いたもの、〈証拠〉)が張られ、更にトランクリッド裏面に針金でシャックルが取り付けられ、トランクリッド床後端の左右の孔にゴムロープが張られ、その中間に金属性リングが設置されている。

そして、前同様の構造の発熱部がトランクの後部開閉装置部分付近に導入され、単線は白色平形ビニールコードに半田付けされ、ベルタイトボックスとは、コネクターを介して、赤・黒平形ビニールコードにより接続されている。

2 各装置の機能

ベルタイトボックス内に組み込まれたプリント基板は、デジタルICを用いた遅延回路で、電圧が印加されて一定の時間が経過すると、七つの各発熱部に順次、数秒間隔で通電される仕組みで、ベルタイトボックス内の装置はいわゆる時限装置としての機能を有し、単一形乾電池の組は各発熱部の点火用ヒーターの電源に、単三形乾電池の組は電気回路の電源になっている。

まず、スイッチボックスに設けられたイヤホンジャックに差し込まれたプラグ(ただし、第二現場の遺留品中にはない)は電気回路のスイッチとしての機能を果たし、プラグを引き抜くことにより単三形乾電池の組から基板に電圧が印加され、スイッチボックス・基板上のダイオード八個が点灯したうえで、約五分後、単一形乾電池の組からトランクリッド床後端の左右の孔に張られたゴムロープの中間の金属性リングと、トランクリッド裏面に針金で設置されたシャックルとを結んだ「ひも様のもの」(これは現場には残されていない)付近に設置された発熱部に通電し、可燃性物質に着火して、右「ひも様のもの」が焼き切られ、トランクリッド床後端の孔とトランクリッドヒンジとの間に張られたゴムひもに引っ張られて後部トランク蓋が開き、順次、数秒の間隔を置いて、まず、後部トランク内の発熱部に通電され、ダクターに取り付けられていたパイプ内の黒色火薬が点火して、前記火炎弾が発射し、次に、車室内の運転席下に置かれていた発熱部に通電され、自動車用緊急保安炎筒が着火・燃焼し、取り付けられていた瓶型樹脂容器が溶融し、中のガソリンが漏れて引火・炎上し、更に後部トランクのダンボール箱内の二つの発熱部に通電され、取り付けられていた保安炎筒が着火・燃焼することにより、黒色ビニール袋が溶融し、中のガソリンが漏れて引火・炎上するという機能を有している。

三  以上によれば、第一現場遺留品と第二現場遺留品(火炎弾、発射台、時限装置等)は、同一の構造・機能を有する装置であって、これらが同一組織により一連の計画に基づいて同一の機会に作製されたことが推認される。

第四  本件視察の概要と関係箇所からの証拠物の収集

一  本件視察の概要

昭和六一年三月二五日に東京都内の皇居・米国大使館にロケット弾等が発射された事件(以下単に「三・二五事件」ということもある)について、警視庁麹町警察署内に捜査本部が設置され、警視庁公安部公安総務課警部補E(以下「E警部補」ということもある)を中心に内偵捜査が続けられ、七月ころから、被告人ら数名の動向につき神奈川県内を重点的に捜査した結果、被告人が川崎市高津区所在のS無線電機株式会社に勤めており、通勤にはオートバイを利用していることが判明し、更に捜査を進めたところ、同月二二日の朝方、捜査員が、同市多摩区〈住所省略〉△△マンション三〇五号室から、オートバイで出勤して行く被告人を現認したので、翌二三日から同室に出入りする被告人らの行動調査(視察)が開始された。

ところで、右視察は、当初二六日までは付近の駐車車両内から行われたが、二七日からは、視察員(警察官)が同マンション付近の視察場所に、概ね、毎日午前七時から午後九時ないし一〇時ころまでの間詰め、早番(概ね午後二時ころまで)・遅番の、各二人一組・二交替制で被告人らの動きを観察し、その状況を連絡・視察ノートにメモ書きし(〈証拠〉)、また動きがあった場合には、望遠レンズ付カメラによりこれを撮影し(〈証拠〉)、適時その結果を捜査本部に電話等で連絡・報告し、これを受けて本部では、視察簿(第二七回公判調書添付の「〈仲〉視察簿(ただし、捜査上の要請から一部伏せられて、抄本の写しとなっている)」〈証拠〉)を作成し、視察の結果を把握し(〈証拠〉)、右視察は一〇月一五日まで続けられた(視察の具体的な結果については後述)。

他方、九月初めころ、被告人が投棄したごみの中から不動産屋を示す記載のある地図が発見され、これを手掛かりに、横浜市港北区〈住所省略〉○○荘二〇三号室が割り出され、同月一〇日ころから△△マンションの視察と並行し、ほぼ同様の方法(なお、視察ノートは作成されていない・〈証拠〉)で同室に出入りする被告人、C及びDらの視察が一〇月一五日まで続けられた(〈証拠〉)。

二  関係箇所からの証拠物の収集状況

1 ごみ袋の回収状況等

(一) ○○荘の視察を行っていた視察員は、一〇月一三日午後九時半ころ、Dが部屋から黒色と白色の各ビニール袋を持って、近くの駐車場北側道路上のごみ収集場所に出向き、黒色ビニール袋を車道の路側帯にかけて、白色ビニール袋を右駐車場の金網に接して、それぞれ投棄し部屋に戻るのを現認したので、直ちにE警部補と連絡を取り、同人の指示により、当該視察員による夜通しの右ごみ袋の監視が続けられた。

翌一四日、早朝、右Eが車で○○荘付近に駆け付け、Dに気づかれる危険があるとの判断から即時の回収作業は保留されたが、他のごみと紛れないように黒色ビニール袋にセロテープを貼り、白色ビニール袋に黒マジックで印がつけられた。ところが、その後、付近住民のごみの投棄が増え、また、ごみ収集車による収集が迫っているとの情報もあったので、午前八時半ころ、Eは、自車をごみ収集場所につけ、目印の付いた前記黒色ビニール袋を回収し、予め他から持ってきた黒色ビニール袋を代わりに置いて、麹町警察署に搬送した(〈証拠〉)。

(二) Eによって回収された黒色ビニール袋は、麹町警察署において、同人から同署長宛に任意提出の手続が採られ(〈証拠〉)、更にF警部補が被疑者不詳・被疑事件道路運送車両法違反として領置手続を採り(〈証拠〉)、内容物を出してシート上に並べたうえ、逐次写真撮影がなされた(〈証拠〉)。

(三) 他方、○○荘付近に残った視察員は、前記白色ビニール袋を回収するきっかけをつかめないまま、午前一〇時半ころ、ごみ収集車に収集されてしまい、また再度、Dが部屋から出てごみ収集作業員に黒色ビニール袋を手渡して戻ったこともあって(〈証拠〉)、同日昼過ぎ、他の捜査員らと右ごみ収集車の所属する横浜環境事業局北事務所に赴き、車両番号を手掛りに収集車を割り出し、ごみの中から、既にEが回収していた前記黒色ビニール袋の内容物を参考に、黒色マジックで印のついた白色ビニール袋とDが二度目に出した黒色ビニール袋とを発見・回収し、麹町警察署に搬送した(〈証拠〉)。

(四) 右白色ビニール袋と黒色ビニール袋は、前同様、内容物について逐次写真撮影がなされ(〈証拠〉)、G巡査部長が被疑者不詳・被疑事件道路運送車両法違反として領置手続を採った(〈証拠〉)。

(五) その後、右F・G両領置品の一部は、被疑者甲・被疑事件火薬類取締法違反及び火炎びんの使用等の処罰に関する法律違反(本件)とする一一月四日付の差押許可状により、同月六日、二重差押の手続が採られた(〈証拠〉)。

2 ○○荘の捜索差押の状況等

(一) 捜査員らは、一〇月一五日午前七時二〇分ころ、捜索場所・○○荘二〇三号室及び同室に在室している者の身体所持品、被疑事件・火薬類取締法違反及び火炎びんの使用等の処罰に関する法律違反(三・二五事件)とする一〇月六日付捜索差押許可状により、Cが○○荘二〇三号室から出てきたのを契機に右執行を開始し、まず、同室で、同人の身体・着衣及び所持していた黒色大型バッグの捜索差押を、次に、同人立会いのもとで室内の捜索差押を行い(〈証拠〉)、昼前ころからは、別の班が令状に基づき並行して室内外の検証を実施し(〈証拠〉)、午後三時ころ、押収品目録交付書がCに渡されて、室内での捜索差押を終了した後、被疑事実・道路運送車両法違反(一〇月一〇日ころから同一三日ころまでの間、○○荘において自動車用ナンバープレートを偽造した)とする逮捕状に基づき、Cを逮捕した(〈証拠〉)。

(二) 右捜索差押により収集された証拠物は、麹町警察署に搬送され、同日、押収品目録番号に従って順次写真撮影された(〈証拠〉)。

そして、○○荘押収品の一部は、更に同月一六日、被疑者・C、被疑事件・道路運送車両法違反(前記Cに対する逮捕状と同じ)とする同日付差押許可状により二重差押の手続が採られ(〈証拠〉)、また、○○荘押収品全部が、昭和六二年四月二四日、被疑者甲、被疑事件・火炎びんの使用等の処罰に関する法律違反(本件)とする同日付差押許可状により、重畳的差押の手続が採られた(〈証拠〉)。

3 △△マンションの捜索差押の状況

(一) 他方、○○荘と同じく、三・二五事件を被疑事件とする捜索差押許可状によって、一〇月一五日午前九時四五分ころ、△△マンション三〇五号室の捜索差押がなされ(〈証拠〉)、在室していた被告人も、その身体・所持品の捜索を受け、Cと同旨の道路運送車両法違反を被疑事実とする逮捕状により逮捕された(なお、C及び被告人は、その後、右被疑事実につき処分保留で身柄を釈放されている)。

(二) 右捜索差押により収集された証拠物は、昭和六二年四月二四日、被疑者・甲、被疑事件・火炎びんの使用等の処罰に関する法律違反(本件)とする同日付差押許可状により、二重差押の手続が採られた(〈証拠〉)。

4 その他の証拠物の収集

(一) ××荘の捜索差押の状況等

捜査員らは、昭和六二年三月末ころ、被告人を埼玉県草加市谷塚で見掛けたことから、周辺の捜査を行った結果、翌月初め同市谷塚町〈住所省略〉の××荘階下で被告人のオートバイを発見し、同月二五日午前八時二三分ころ、同荘二一〇号室にいた被告人を逮捕状(被疑事実・本件)により逮捕し、身体・所持品検査のうえ、麹町警察署に引致し、更に同荘管理人立会いのもと捜索差押許可状(被疑事件・本件)に基づいて同室の捜索差押を実施した(〈証拠〉)。

(二) ○○○ハイツの視察・捜索状況等

松戸市五香所在の○○○ハイツ一〇一号室に出入りする者を視察していた結果によれば、昭和六二年三月中旬の日曜日(暦では一五日に該当)の日中、Dが背広姿で同室に入り、数時間後、ヘルメットを持って、外に停めてあったオートバイに乗って去ったこと(〈証拠〉)が確認されている。

そして、同室に対しては、××荘同様、同年四月二五日午後、被疑事件・火薬類取締法違反及び火炎びんの使用等の処罰に関する法律違反(三・二五事件)とする捜索差押許可状に基づいて、捜索差押が実施された(〈証拠〉)。

第五  現場遺留品と押収・領置品との比較分析

一  比較分析の経緯

各現場遺留品と各押収・領置品については、まず、警視庁公安部公安総務課特殊班において、一〇月一六日から、比較分析が行われ、現場遺留品は、発射機構(発射筒・発射台・火炎弾本体)と時限装置に大別できるが、各押収・領置品中には、発射機構に関する部品が存在しなかったことから、対象を時限装置に絞り、対比部品の写真撮影をしながら、押収・領置品との比較分析を進め(〈証拠〉)、その結果も踏まえて、警視庁科学捜査研究所等に各種の鑑定を嘱託し、後に詳述する、

〈1〉いわゆる、あたらシールの連続性の有無(〈証拠〉)

〈2〉ストレートコードの切断面の対比(〈証拠〉)

〈3〉プリント基板のパターンの比較(〈証拠〉)

〈4〉点火具に印象された圧着痕の異同(〈証拠〉)

等の鑑定が、さらに、ストレートコード(〈証拠〉)・けずりくず(〈証拠〉)・被覆線(〈証拠〉)・点火具(〈証拠〉)・接着剤(〈証拠〉)等の各種材質・構造分析が、それぞれ行われたほか、前記公安総務課特殊班の担当者らによる、電子部品・被覆線・けずりくず等の形態の対比(〈証拠〉)等も行われた(〈証拠〉)。

そこで、以下、両者の間に強い関連性が認められるもの及び同一物とまでは判別できないが、同種・同規格での品物であるとの推定が働くものについて、順次検討していく。

なお、以下の括弧内においては、別紙「証拠の引用例」に従い、検察官請求証拠等関係カード番号・裁判所の押収物総目録番号/押収・領置過程で撮影された写真、押収・領置調書の目録番号/現場遺留品との対比検討過程で撮影された写真の順で、記載することとする。

二  各現場遺留品と各押収・領置品との間に、強い関連性(同一性・連続性)が認められるもの

1 いわゆる「あたらシール」

(一) 東芝製単一形乾電池の未使用のものには、乾電池のプラス端子部分を覆い隠すようにして「TOSHIBA・あたらシール」と白抜きされた、表面・黒色、裏面・白色のシールが、両端をプラス端子面の電池に接着剤で密着した状態で存し、右シールの中央部に二本の破断用のミシン目と、それを囲む円弧状の切れ込みが二本入っており、乾電池を使用する際には、この中央部を破断しプラス端子を露出して利用するという仕組みになっているが、○○荘押収品ないしF領置品のシール片一五片(〈証拠〉)と、各現場遺留品の東芝製の単一形乾電池各一二個に付着していた左端・右端部の各シール片(〈証拠〉)との、破断面が一致するかどうかにつき、〈1〉破断面が形態的に連続するか、〈2〉輪郭線・白抜き文字が連続するか、〈3〉中央部のシール片に残存しているプラス端子の圧迫痕と乾電池のプラス端子の位置が同じであるか、などを指標とし、各シール片の破断分離後の損傷等を考慮しながら、実体顕微鏡により拡大検査したところによれば(〈証拠〉)、対象となった前記各シール片はいずれもミシン目ないし切れ込み部分で引き裂かれており、各現場遺留品の左右両端部のシール片については乾電池から取り外し、右押収・領置品の中央部シール片とを照合させていくと、〈1〉破断面に生じていた顕著な特徴点が合致するため、破断面が一致すると認められるものが三組(〈証拠〉)、〈2〉顕著な特徴点は見出せないが、破断面がよく連続しており、破断面が一致するものと推定されるものが四組(〈証拠〉)、それぞれあるほか、〈3〉破断面等の異常がなく、破断面が一致するものと推測されるものが七組(〈証拠〉)となっており、推定の程度こそ違え、○○荘押収品及びF領置品であるシール片一五片は、いずれも現場遺留品シール片との間で、連続性において、何ら矛盾・齟齬が認められない。

(二) 弁護人は、〈1〉鑑定の資料とされた両端部のシール片が現場遺留品の乾電池に付着していたものか疑問がある、〈2〉中央部のシール片が、○○荘押収品あるいはF領置品に含まれていたかについても同様の疑問がある、旨主張する。

まず、〈1〉についてみるに、シール中央部(右側裏面のミシン目より外側の部分)と両端部に同種のごみ様の物が付着しているものもある(〈証拠〉)が、いつの時点で付着したかは不明であり、鑑定の過程で微物が付着することも考えられ(〈証拠〉)、藤田証言及び鑑定書添付の写真によれば、鑑定の嘱託を受けた藤田が、現場遺留品の乾電池に両端シールが付着したままでは連続性の判定が難しいと考え、これらをピンセット等で取り外し、第一現場遺留品についてはマ一ないし一二の(左・右両端のシール二三片)、第二現場遺留品についてはコ一ないし一二の(左・右両端のシール二三片)符号を付けたうえ資料化したことが認められ、この点は証拠物の現状、すなわち両端部に通電・燃焼の過程で付いたと認められる焼け焦げ・変色部分(特に裏面に顕著)があるのに、中央部には一切その種の痕跡が残っていないことにより裏付けられている(〈証拠〉)。

さらに、〈2〉について検討するに、○○荘押収品を撮影した写真には、甲二三二ないし二三六・二三九ないし二四二番の中央部八片の一部(〈証拠〉)、及び、甲二三七番の中央部一片及び甲二三四番の中央・左部分(〈証拠〉)が、また、F領置品を撮影した写真には、甲二三八・二四四・二四五番の中央部三片(〈証拠〉)、及び、甲二四三番の中央部一片(〈証拠〉)が、それぞれ写っており、中央部シール片の相当数のものが、○○荘からの押収・搬出品の中から見つかったものであることが、写真の上からも確認できる。

もっとも、中央部シール一五片全部が写真等により裏付けられたわけではないが、これは押収・領置当初は、収集されたごみの中にこれらシール片が紛れ込み、担当者らがその証拠としての重要性に気付かなかったため、全部についての、個別の写真撮影及び押収等の目録への掲記をしなかった(〈証拠〉)からで(〈証拠〉)、証拠物の収集あるいはその後の分析・鑑定嘱託過程で、他から調達したシール片の混入・取替え等の作為が介在した形跡はない。

したがって、前記弁護人の主張は理由がない。

2 スイッチボックス部に接続された黒色ビニールコードの切断面

(一) 各現場遺留品のスイッチボックス部に接続された黒色ビニールコードのスイッチボックス側の各切断面(甲一五四番・符二五号のうち、赤色ビニールテープで巻いた黒色ゴムチューブ片と、甲一五二番・符二三号のうち、緑色ビニールテープで巻いた黒色ゴムチューブ片)と、○○荘押収品の黒色ゴムチューブ片二本(〈証拠〉)及びF領置品(〈証拠〉)の黒色ゴムチューブ片の切断面とを、それぞれ付け合わせ、実体顕微鏡を用いて比較検討した結果によれば(〈証拠〉)、いずれの切断面にも刃物による多方面からの切込みが認められ、その際生じた固有の特徴ある条痕が残っており、第一現場遺留品の黒色ゴムチューブ片の切断面(〈証拠〉)とF領置品の黒色ゴムチューブ片の切断面(〈証拠〉)の一方の切断面、及び、第二現場遺留品の黒色ゴムチューブ片の切断面(〈証拠〉)と○○荘押収品の黒色ゴムチューブ片の切断面(〈証拠〉)のうち長い方の一方の切断面の、それぞれの特徴痕が、対称軸に対して鏡像の関係にあり、各切断目を付け合わせると一致することが認められ、このことは、以前それぞれ、対応する各ゴムチューブ片が連続した一本のものであったことを推認させるものである。

(二) 弁護人らは、〈1〉鑑定の資料となった赤・緑のビニールテープで巻いた各黒色ゴムチューブ片が、各現場遺留品のスイッチボックス部に接続されていた黒色ビニールコードであった確証はない、〈2〉右鑑定のうち、第二現場に関する分(〈証拠〉)は、「○○荘押収品・押収番号〇二七九」として嘱託された資料を対象としているが、○○荘押収品目録中に右番号は存在せず(〈証拠〉によれば目録番号は二三九までである)、○○荘押収品に含まれていないものを鑑定の対象としたもので、鑑定自体証拠としての価値がない、旨主張する。

しかし、〈1〉については、鑑定の嘱託を受けた前記竹木が、スイッチボックス部と黒色ビニールコードが接続したままでは実体顕微鏡等を用いての詳しい切断面の対照等ができないと判断し、それぞれ、赤・緑のビニールテープを巻き印を付けた箇所で切断して黒色ビニールコード部分のみ(素線を残して)をスイッチボックス部から外したことが、同人の証言及び鑑定書添付の写真(〈証拠〉)から明らかであるし、〈2〉については、右の鑑定嘱託をした警察官が、警察から検察庁へ証拠物を送付する際に検察庁において逐次作成する証拠金品総目録の番号「二七九」(リード線残滓・若干)を、○○荘押収品に対応する番号と考えて記載したが、これは、○○荘押収品番号に続いて記載されていたF領置品の目録番号「四二」に相当するもので、右は手続上の記載間違いであると説明されており(〈証拠〉)、現に、F領置品中には、前記鑑定書添付写真中の対象資料と酷似した黒色ゴムチューブ片が存在し(〈証拠〉)、これが鑑定資料として送付されたものと認められるので(〈証拠〉)、弁護人の主張はいずれも理由がない。

三  各現場遺留品と各押収・領置品とが、同種・同規格と認められるもの(〈証拠〉)

1 二枚の回路基板

(一) 各現場遺留品の基板上に配置されている電子部品については、以下のような同種・同規格の部品が、○○荘押収品の中に存在する。

まず、〈1〉現場遺留品の二種のトランジスターと、同じ型式表示または形状等が同じであるトランジスター(「C1815」・「D768」の各表示があるもの-〈証拠〉)が、〈2〉現場遺留品の四種のコンデンサーのいずれもと、型式表示が一致するコンデンサー(「223・KCK」の表示があるもの-〈証拠〉、「25V10μF」の表示があるもの-〈証拠〉、「50V1μF」の表示があるもの-〈証拠〉、「16V100μF」の表示のあるもの-〈証拠〉)が、〈3〉現場遺留品の六種の抵抗と、形状・色表示が一致する抵抗(一〇〇オームのもの-〈証拠〉、三三〇オームのもの-〈証拠〉、一〇キロオームのもの-〈証拠〉、二二キロオームのもの-〈証拠〉、四七〇キロオームのもの-〈証拠〉、一メガオームのもの-〈証拠〉)が、いずれも、○○荘押収品の中に存在する。

また、現場遺留品のあなあき基板上の緑色発光ダイオードと、同色・同形状の発光ダイオード一個(〈証拠〉)が、○○荘押収品の中にある。

(二) 現場遺留品の各プリント基板と、○○荘押収品のIC基板一枚(樹脂により固められたもの-〈証拠〉)の、合計三枚のIC基板上に描かれている配線図(〈証拠〉)は、工場での大量生産の際に通常形成されるソルダーマスクの工程が施されておらず、基板部分に部品の設置位置を示す文字印刷がないことなどから、いずれも手製のもので、その配線パターンの構成が一致するところ、以上の基板のパターンを、更に実体顕微鏡を用いて(なお、○○荘押収品については適当に露光し、X線で透過して観察)写真撮影したうえで、特徴的な回路パターンを比較検討したところによれば(〈証拠〉)、配線部は全て水平・垂直パターン設計がなされているのに、三基板に共通して水平・垂直でない特徴的な角度をもつ配線部分が一箇所あり、右各部分にパターンの突起(凸部)が存する(〈証拠〉)ほか、それ以外の配線部分にも共通して突起(凸部)、凹み(凹部)が存し(〈証拠〉)、これらはIC基板作成の過程における、特徴痕を残すマスクシート(フィルムの上に回路を作画したもの)の基板上への露光工程においてできたものと推認される。

もっとも、マスクシートはマスターシート(原版)から容易に複製できるうえ、マスターシート上の特徴的な痕跡が再生されてマスクシート上にも残るので、複製されたマスクシートによっても、原版と同一の特徴痕を残すパターンを作成することが可能であるから、結局、前記三枚のIC基板上のパターンは、同一の原版ないし特徴痕を引き継いで再生した複製マスクシートの、いずれかによって作成されたことを推認させるにとどまる。

なお、弁護人は、前記鑑定書(〈証拠〉)の作成名義人が雀部俊樹になっていない点をとらえ、刑事訴訟法三二一条四項による証拠能力はない旨主張するが、右鑑定書の名義人が東芝府中工場総務部総務課課長名になっているのは、同社から外部に出す文書は総務課名義で出すという社内慣行に従ったにすぎないし(鑑定嘱託の宛名も同課長となっている・〈証拠〉)、実際上の作成者である前記雀部に対しては鑑定内容の真実性をも含む反対尋問の機会が与えられているので、右鑑定書の証拠能力に疑義はなく、弁護人の主張は理由がない。

2 スイッチボックス

(一) スイッチボックスについては、以下のような同規格・同種類の部品が、各押収・領置品の中に存在する。

〈1〉現場遺留品のスイッチボックス二個(〈証拠〉)と、同じ形状のプラスチックケース一個(〈証拠〉)が、〈2〉現場遺留品のスイッチボックスに取り付けられているミニジャックと、同種のジャック一個(赤リード線付き-〈証拠〉)、及び、ジャック一個(ネジ及びワッシャー各一個を含む-〈証拠〉)が、〈3〉第一現場遺留品中のイヤホンジャック(両端にプラグ付のもの-〈証拠〉)と、同規格のピンプラグ一個(〈証拠〉)が、それぞれ、○○荘押収品の中にある。

(二) 各スイッチボックス部に接続された黒色ビニールコードは、外側に「7C MVV FUJIKURA」の表示があり、内部が七色の被覆線(灰色・赤・橙・青・黒・黄・緑)で構成されている(甲一五二・一五四番中の各コード)が、右は藤倉製のストレートコード「7C・NO=5」と素線構成等が一致し、右ストレートコードと同一種類(同色・同構成)のビニール被覆線であると認められる(〈証拠〉)うえ、「フジクラ・ストレートコード7C・NO=5」の表示のある紙片二枚(〈証拠〉)が、○○荘押収品の中にある。

また、スイッチボックス部に接続された黒色ビニールコードと同じ「FUJIKURA」の表示がある二本を含む、類似する黒色ゴムチューブ片四本(いずれも内部の素線は存せず、うち一本〔〈証拠〉〕は証拠物として提出されていない。〈証拠〉)が、○○荘押収品ないしF領置品の中にある。

各現場遺留品のスイッチボックス部に接続された黒色ビニールコード(〈証拠〉)と、右○○荘押収品の黒色ゴムチューブ片二本(〈証拠〉)及びF領置品の前記黒色ゴムチューブ片一本(〈証拠〉)は、赤外分光分析及び熱分解ガスクロマトグラフィー分析による材質検査の結果によれば(〈証拠〉)、いずれも、塩化ビニール樹脂を素材とする同質のものであることが認められる。

3 点火具

(一) 第一現場遺留品の点火具ようのもの三組(〈証拠〉-「A2」、「A3」の表示がある、〈証拠〉-「G」の表示がある)、及び、第二現場遺留品の点火具ようのもの三組(〈証拠〉-「2」、「3D」、「3E」の表示がある)は、いずれも発熱線の両端に単線が圧着端子(「JST05-3」の刻印がある)により接続されている構造のものであるが(発熱線は溶断されている)、これと同一構造の圧着端子(同じ刻印がある)一二組の付いた基板一枚(〈証拠〉)が、○○荘押収品の中にある。

そして、現場遺留品に用いられている発熱線は、いずれも右○○荘押収品と線径を同じにするもので、単線も、一部を除いて線径が同じである(〈証拠〉)。

(二)次に、右各圧着端子の圧着痕の異同識別をした結果によれば(〈証拠〉)、圧着端子には、両側から圧迫されたと思われる痕跡が数個ずつ重畳的に残っており(〈証拠〉)、形状が比較的明瞭な痕跡(圧着ないし圧迫痕)の潰れ面の「かまぼこ形」(〈証拠〉)を比較顕微鏡を用いたスーパーインポーズ法の手法を用いて対照した(〈証拠〉)結果によれば、現場遺留品の点火具ようのものに印象された圧迫痕(前記「A2」・「G」・「2」・「3D」の表示があるもの)と、○○荘押収品の圧着端子に印象された圧着痕とは、形状(ふくらみ具合)及び長さ・幅が同程度のものと認められる。

そして、右圧着痕(前記「A2」・「G」・「2」・「3D」の表示があるもの)と、××荘押収品の圧着ペンチのうちの一本(〈証拠〉)によって印象された圧着痕とも、形状及び長さが同程度と認められる。

もっとも、右各鑑定は、付着物が付いていた圧着端子に重畳的に印象された圧着痕のうち比較的明瞭なものを定量的手法を用いることなく比較したものであること、押収品の工具によって印象された固有の特徴痕跡はなかったことから、右形状の圧着痕が、××荘から押収された圧着ペンチを含む、これと同種の工具(同サイズ・同型のもの)により印象されることが可能であることを推認させるに留まるものである。

4 ベルタイトボックス・スイッチボックスと各種けずりくず

(一) 各現場遺留品のベルタイトボックス(〈証拠〉)と、○○荘押収品ないしF領置品のけずりくず(〈証拠〉)とを、赤外分光分析及び熱分解ガスクロマトグラフィー分析により材質検査したところ(〈証拠〉)、いずれもポリプロピレンと判定され、しかもほぼ同一のクロマトグラムが得られたことから、各けずりくずは、色調を同じくする各ベルタイトボックスと同一の素材であることが、推認される。

(二) 次に、各現場遺留品のスイッチボックスと、○○荘押収品ないしF領置品の黒色けずりくず(〈証拠〉)とを、赤外分光分析により材質を検査したところによれば(〈証拠〉)、いずれもアクリロニトリル-ブタジエン-スチレン共重合樹脂と判定されたが、けずりくずの量が少ないこともあって、熱分解ガスクロマトグラフィー分析による明瞭なクロマトグラムが得られなかったので、異同識別まではできないが、各けずりくずは、スイッチボックスと類似素材のものと推認される。

5 ベルタイトボックス・スイッチボックスに付着していた接着剤

各現場遺留品のベルタイトボックス(〈証拠〉)及びスイッチボックス(〈証拠〉)に付着していた接着剤様樹脂を、赤外分光分析により材質を検査したところによれば(〈証拠〉)、いずれもエポキシ樹脂であるとの材質判定がなされ、さらに、○○荘押収品の接着剤類三二点(〈証拠〉)のうち、未使用のもの四点を除く二八点について、同じ方法により材質を検討したところ、うち五組が二液型(主剤・硬化剤)エポキシ系接着剤で、二液を混合・硬化させることにより、前記付着していた接着剤様樹脂と同質の、エポキシ樹脂固形物が作成できることが認められる。

6 単一・単三形乾電池

本件時限発火装置の電源として、単一形乾電池(東芝製・各一二本)、単三形乾電池(ナショナル製・各四本)が用いられており、○○荘押収品の中に、同種の単一・単三形乾電池はなかったが、半田付けされた単二形乾電池一二本(〈証拠〉)のほか、東芝製単一形乾電池二本組の包装紙であるセロファン付きバーコード一一枚(〈証拠〉)、ナショナル製単三乾電池の包装紙である定価シール付きバーコード一枚(〈証拠〉)が、それぞれ存在する。

7 各種配線コード

(一) 単一形乾電池間の配線コード

各現場遺留品の単一形乾電池間の配線に使用されている白色コード(その一部には「〒12-1986-KHD」の表示が認められる)と、色調・素線構成が類似していたり、型式表示の一部が一致していて、同規格と認められるコード切端(〈証拠〉、なお、その一部には「〒-12」との表示が認められる)が、○○荘押収品の中に、また、同様のコード切端(〈証拠〉)が、F領置品の中に、それぞれ存在する(〈証拠〉)。

(二) 単三形乾電池間の配線コード

同じく、単三形乾電池間の配線に使用されている白色と黄色のコード(第二現場は黄色のみ)と、色調・線径等が類似する規格のコード切端(〈証拠〉)が、○○荘押収品の中にある。

(三) 発熱部に繋がる配線コード

ベルタイトボックスと各発熱部との配線に使用されている赤・黒平形ビニールコード(第一現場の配線コードの一部には、「1985」の表示がある)についても、赤色部分と黒色部分の剥離はあるが、型式表示の一部が一致していることから同規格と認められるコード切端(〈証拠〉)が、○○荘押収品の中に、また、同様のコード切端(〈証拠〉)が、F領置品の中に、それぞれある。

(四) その他の配線コード

ベルタイトボックス内の上・下にある各基板間の配線、同一基板内の配線、単一・単三形乾電池と基板間の配線に用いられているコード(外径約一・四ミリメートルのもの)と、色調・線径等が類似している規格のコード切端(〈証拠〉)が、F領置品の中に、それぞれ存在する。

8 その他の部品

(一) 結束バンド(コンベックス)

ベルタイトボックス内の配線コードを数カ所で結束している白いビニール様の結束バンドと、同規格の結束バンド(〈証拠〉)が、○○荘押収品の中にある。

(二) スペイサー

ベルタイトボックス内の下部基板の一面の四隅に黒色樹脂製の棒(スペイサー)が固定用具として使用されているが、これと同規格のスペイサー一五個(〈証拠〉)が、○○荘押収品の中にある。

9 工具

(一) ベルタイトボックスの、側面には、スイッチボックスに繋がる黒色ビニールコードと接続するコネクター(メタルコンセント)用の孔(一個・直径約一五ミリメートル)、固定用のビス孔(三個・直径約二・五ミリメートル)、各発熱部に繋がる赤・黒平形ビニールコードの通る穴(七個)が、底面には、下部基板を固定するスペイサー用の孔(四個・直径約三・二ミリメートル)が、スイッチボックスには、ベルタイトボックスに繋がる黒色ビニールコードの通る孔(一個・直径約一〇ミリメートル)、イヤホンジャク用孔(二個・直径約六ミリメートル)、発光ダイオードを組み込む孔(一個・直径約五ミリメートル)が、プリント基板には、電子部品を設置するための多数の小さな孔(直径〇・九ミリメートル)が、それぞれ開けられているが、以上の作業用の工具としては、○○荘押収品の中に、リーマー一個(〈証拠〉)、ピンバイス一個(〈証拠〉)、モーター一個(〈証拠〉)、ドリルの刃一九本(〈証拠〉)が、××荘押収品の中に、ドリルの刃セット一箱(〈証拠〉)、リーマー一個(〈証拠〉)が、○○○ハイツ押収品の中に、電動ドリル一台(〈証拠〉)、マキタ一〇ミリ電動ドリル一台(〈証拠〉)が、それぞれ存在する。

あなあき基板には、より大きな一枚の基板から裁断された跡があり、右作業用のものとしては、○○荘押収品の中に、用途別のカッターナイフ五本・替刃(〈証拠〉)、金のこ一丁(〈証拠〉)等が存在する。

基板上に設置された電子部品の接続線及び各部品間を繋ぐコードの余分な箇所は、いずれも切断されているが、右作業用の工具としては、○○荘押収品の中に、ニッパー二本(〈証拠〉)、はさみ三梃(〈証拠〉)、用途別の前記カッターナイフ等がある。

各乾電池と接続コード、基板上の電子部品は、いずれも半田付けの接続になっているが、右作業用の工具としては、○○荘押収品の中に、半田ごて、半田、半田ごてスタンド(〈証拠〉)及び半田片(〈証拠〉)がある。

もっとも、工具の使用方法が限定されているわけではなく、また当該工具に固有の特殊な痕跡が現場遺留品から発見されたわけでもない(圧着端子の圧着痕については、前記第五・三・3・(二))ので、組合せにより、右各作業の主要部分の実現が可能であるとの推認ができるにすぎない。

(二) プリント基板の検査・調整作業用の道具として、○○荘押収品の中に、回路の通電状況をブラウン管に写る波形により確認する装置のオシロスコープ(〈証拠〉)がある。

第六  ○○荘から搬出されたごみの中にあったレシート・領収書について

一  ヨークマート○○店発行のレシート

1 押収してあるレシート一枚(〈証拠〉)は、練馬区〈住所省略〉の株式会社ヨークマート○○店発行の昭和六一年一〇月一〇日付のレシートであるが、第三五回羽深証言〔一二-三六九一〕によれば、取扱商品の部門表示・単価・個数の表示からは、単価一〇〇〇円の台所用品部門の商品二個が、同日販売されたことが読み取れること、当時、同店で右に該当する商品は、ガラス製のティーサーバー、密封容器及びベルタイトボックス(シール容器)の三種類あり、いずれも二個ずつ(ベルタイトボックスについてはグリーンとホワイト各二個)店頭に陳列されていたこと、ベルタイトボックスは売行きが良くない商品の一つであり、同月八日(水)に在庫商品の確認をした際にはいずれも二個ずつ陳列されていたが、次に確認した同月一二日(日)には、グリーンとホワイトのものが各一個しかなかったこと、また、同月一六日訪れた警察官とともに在庫の確認をした際にも、ガラス製のティーサーバー、密封容器は各二個あったが、ベルタイトボックスは前記の各一個しかなかったことが、それぞれ認められ、これらによれば、右レシートの表示商品は、グリーンとホワイトのベルタイトボックス各一個であると推認される。

そして、各現場遺留品の緑色及び白色のベルタイトボックス各一個(〈証拠〉)は、当時○○店で販売されていた前記グリーンとホワイトのベルタイトボックスと同種類の蝶プラ工業株式会社製造のベルタイトボックスであること(〈証拠〉)、前記レシートが、一〇月一三日夜、○○荘から搬出されたごみ(F領置品)の中にあったこと(〈証拠〉)を併せ考えれば、一〇月一〇日、前記○○店から購入されたグリーンとホワイトのベルタイトボックスが、○○荘に搬入され、本件時限装置の収納容器として用いられたものと推認できる。

2 なお、一〇月一五日に行われた○○荘捜索差押時に、同室内にあったシール容器三個は、いずれも大きさ・構造・色調が前記ベルタイトボックスと異なっている(〈証拠〉)。

二  ミニストップ△△△店発行のレシート

1 押収してあるレシート一枚(〈証拠〉)は、ミニストップ△△△店発行の昭和六一年一〇月六日付のレシートであるが、第三七回工藤証言〔一三-三八五〕によれば、同店は商品に貼付してあるバーコードを機械が読み取ってレシートに表示する仕組みになっており、右レシートに記載されている商品の種別・商品代金から、単価二八〇円でファーストフード以外の部門の商品二点が、同日午後一一時四六分に販売されたことが読み取れるところ、当時、右に該当する商品は数種類あって、セロハン包装・四本一組の単三形乾電池(ナショナル-ネオ-ハイトップ)もその一つであったこと、○○荘押収品の前記バーコード一枚(〈証拠〉)には、「ナショナル・NEO-HI-TOP・3NG」の記載があるほか、「MINISTOP・¥二八〇」の値札が付いており、これは前記単三形乾電池(ナショナル-ネオ-ハイトップ)の包装セロハンであること、本件時限装置には電気回路の電源として単三形乾電池(National-NEO-Hi-TOP)が、各四本用いられていること、前記レシートがF領置品の中に含まれていたこと(〈証拠〉)をも併せ考えれば、包装セロハンは一組分しか発見回収されていないけれども、前記単三形乾電池(National-NEO-Hi-TOP)二組・八本が、一〇月六日午後一一時四六分、前記ミニストップ△△△店で購入され、○○荘に搬入されて本件時限装置の電気回路の電源として組み込まれたことが、推認される。

2 なお、押収・領置品には、乾電池が多数あり、そのうち、F領置品の中にはナショナル製単三形乾電池四本(〈証拠〉)があるけれども、右は「Hi-TOP」とは別種類のものである(〈証拠〉、「ULTRA」の表示が認められる)。

三  ××無線駅前電材店発行の領収書

押収してある領収書一枚(〈証拠〉)は、秋葉原所在の××無線駅前電材店発行・昭和六一年一〇月七日付のものであるが、第三八回鈴木証言〔一三-三九二八〕によれば、品名・数量・単価・金額欄の表示から、当時、同店で取り扱っていたナショナル製コネクターボディ一四個(メス・型式「WH4615」・単価一〇〇円)と同コネクタープラグ四個(オス・型式「WH4415」・単価八〇円、以上いずれもグレーあるいはミルキーホワイト)についてのものであること、同店では毎日午後六時前ころにレジの点検をするが、同月七日分の点検表示記号の数件前の箇所に右に見合う表示があること、さらに、各時限装置と七個の発熱部を結ぶ白色・赤・黒平形ビニールコードは、いずれもナショナル製のコネクターボディ(メス・「WH4615」七個ずつ・計一四個)とコネクタープラグ(オス・「WH4415」二個ずつ・計四個)を含むプラグにより接続されており、型式が同一というだけでなく、その個数も一致していること、及び、前記領収書がF領置品の中に含まれていたこと(〈証拠〉)をも併せ考えれば、前記ナショナル製コネクターボディ及びコネクタープラグ(合計一八個)が、同日午後六時以前のころ、前記××無線駅前電材店で購入され、○○荘に搬入され、これがベルタイトボックスと各発熱部とを繋ぐ白色、赤・黒平形ビニールコードの接続コネクターとして利用されたことが、推認される。

四  △△電機工業株式会社発行の領収書

押収してある領収書一枚(〈証拠〉)は、東京都千代田区外神田にある△△電機工業株式会社発行・昭和六一年一〇月一〇日付のものであるが、第四〇回奥村証言〔一三-三九七四〕によれば、その品名・数量・単価・金額の各欄の表示は、単価四〇円の六角ネジ八個を同日販売したことを意味し、また、当時、同店で右に該当する商品として、L電子製六角ネジ(FS・メス・KS・オス、長さ二〇・二五・三〇ミリメートル)があったこと、他方、各現場押収品の上下二段の回路基板を固定する部品として、右と同規格の六角ネジ(FSの二五ミリメートル)各二個が利用されていること、右領収書はF領置品の中に含まれていたこと(〈証拠〉)を併せ考えれば、六角ネジ八個(FS・二五ミリメートル)が一〇月一〇日に同店で購入され、うち四個が○○荘で右各回路基板を固定するネジとして利用された可能性も、考えられる。

五  サンコージツ△△△△店発行のレシート

押収してあるレシート一枚(〈証拠〉)は、東京都台東区所在のサンコージツ△△△△店発行のものであるが、第三六回清宗証言〔一三-三七八七〕によれば、販売品目・単価の表示から、同店五階売場において、価格五七〇円・八〇〇円の登山用の各小物用品が販売されたこと(右レシートには販売年月日が一〇月六日となっているが、レジの通し番号・出勤日等から、右表示は誤りで、一〇月七日分のものである)、当時、同売場には、販売価格・八〇〇円の商品はなかったが、通常価格八二〇円のものにつき、系列店発行・通用のアルファーカード(三パーセントの割引カード)利用による割引後の価格が八〇〇円になる品物として、ホワイトガソリン(一リットル・キャンプ用ストーブ及びコンロの燃料)と、寒冷地用ガスカートリッジ(EPI・大型サイズで登山・キャンプ用のガスコンロのスペアーカートリッジ)が、また、販売価格五七〇円の商品は、ポリタンク(二リットル・炊事用の水を持ち運ぶ水筒で前記割引カードの対象とならない)のほか、通常価格は五八〇円であって、前記割引カードによる割引後の価格が五七〇円になる品物として、ストレッチコード(荷台の荷物を押さえるゴム)及びポケットコンパスがあるとなっている。

まず、各現場遺留品の後部トランクリッド開閉装置には、それぞれ合成樹脂製リングを通したゴムひも(両端にフックのついたもの-〈証拠〉)が用いられており、その細部は焼燬して分明ではないが、前記ストレッチコードと同種類のものと認められること(第三六回清宗証言〔一三-三七五九〕)、右レシートがF領置品の中に含まれていたこと(〈証拠〉)、さらに、被告人が、昭和六二年四月に××荘で逮捕された際、被告人名義のアルファーカードを持っていたこと(〈証拠〉)を併せ考えれば、検察官主張のような、被告人が右カードを利用して一〇月七日に同店からストレッチコードを購入し、これがトランクリッド開閉装置に利用されたとの推論にも、全く根拠がないわけではない。

しかし、右にみたように、レシート自体からはストレッチコードが販売されたとまで特定することはできず、しかもレシート表示の本数(一本)と現場で使用された本数(二本)とは一致しないこと、アルファーカードは、系列店で一〇〇〇円以上の買物をした客全員に発行されるもので(前記清宗証言〔一三-三七八八裏〕)、名義人でなくとも利用できる余地があること、また、被告人の右カードは、有効期限が昭和六二年五月末になっているが、いつ被告人に交付されたのかは全く不明であって、前年一〇月一五日に××マンションで同種のカードを所持していたこと(〈証拠〉)を考慮しても、右カードで、被告人が前記ストレッチコードを購入したと推論することには、なお合理的な疑いを差し挟まざるを得ない。

次に、第一現場のA車運転席の床に置かれていた瓶型合成樹脂容器中から採取したガソリン様液体と、捜査機関が鑑定比較資料用に入手したダイケントップ社製の「ラス」(ホワイトガソリン)を、ガスクロマトグラフィー検査にかけ、温度による留出量を表すガスクロマトグラムの比較検討をした結果(〈証拠〉)によれば、両者から類似のクロマトグラムが得られている。もっとも、昇温等の検査条件・対象物の純度等により、右グラフの現れ方に差異が生じうるし、右ラス固有の特徴的なグラフが一致したわけではなく、組成分析等を含む定量的検討もなされていないので、品目の異同識別までは不明というほかなく、結局、第一現場遺留品である前記のガソリン様液体は、ホワイトガソリンをも含む、JIS規格上の工業用ガソリンであることが推認されるにすぎない。

これを前提に、更に検討すれば、被告人が、一〇月一〇日にアルファーカードを利用して、同店からホワイトガソリンを購入し、これがA車の運転席の床に置かれていた瓶型合成樹脂容器中の可燃物として利用された旨の検察官の推論も、ストレッチコード同様、一応の見方とはいえるが、先に見たように、レシート自体からはホワイトガソリンが販売されたとまで特定することはできないし、また、瓶型合成樹脂容器中の工業用ガソリンが右ホワイトガソリンと同規格のものとも断定しがたいこと、とくに、第二現場遺留品のB車の運転席の床に置かれていた瓶型合成樹脂容器中の可燃物は、自動車用ガソリンであったこと(〈証拠〉)などに照らせば、被告人がホワイトガソリンを購入したという推論も、他の推論を許さないほどの確証の高いものではない。

第七  視察状況について

一  視察状況に関する証言等の信用性評価

○○荘・△△マンション等への被告人らの出入り状況の立証は、主として、視察に従事した警察官の目撃供述と視察の際に撮影された写真によるものであるが(前記の視察簿の写しは、証言の理解のため添付した参考資料で、独立した証拠とはならない)、同人らの証言は、視察に多数回従事したこと、視察の内容が被告人らの動きを外から観察するという日常的なもので、鮮明な記憶として保持しにくいこと、視察時と証言時の間には数年の経過があり、記憶の変容・混交・脱落もあることなどに照らせば、証言に先立って視察簿などを検討した結果の、蘇った現在の記憶に基づく証言か否か等について、視察の際撮影した写真(〈証拠〉)による裏付けがあるか、その場の印象深い動き・情景や暦など、具体的な事実と関連させながら証言しているか、また、同時期における複数の視察者相互間の証言に齟齬がないか、さらに、前記S無線電機株式会社から提出を受けた被告人の勤務状態を示すタイムカード一一枚(〈証拠〉)の記載と矛盾しないか、といった諸点を検討しながら、その証言の信用性の評価を、慎重に行う必要がある。

二  △△マンションの視察状況等

1 △△マンション三〇五号室は、同年七月半ばころ、J名義で賃貸借契約が締結されている(〈証拠〉)。

2 まず、七月下旬の午前七時すぎころ、モトクロス仕様のオートバイ(一練馬○×○○・赤色)に乗って出勤する被告人が数回確認されたほか、午前七時ころ、被告人が部屋を出るのと前後して、CとDが外に出たこと、さらに、別の機会に被告人とDが前後して部屋に入ったことが、それぞれ確認されている。

八月上旬、CとDが部屋を出て、C運転のバイクに相乗りして出掛けたこと(〈証拠〉)、朝方、三日連続してCが外へ出たこと(〈証拠〉)、早番視察時間中に、Dが部屋から出たこと(〈証拠〉)、昼ころ階下で、被告人が工具箱をもってオートバイの点検修理をしていたこと、同日午後、Cが外へ出たことが、それぞれ確認されている。

中旬の朝方、Cと被告人が、それぞれリュックを背負って、約三〇分間隔で順次部屋を出たこと(〈証拠〉)、下旬、DがI(戦旗共産主義者同盟の一員とみられている者)と共に外に出たこと(〈証拠〉)が、それぞれ確認されている(以上、七・八月の視察状況につき・〈証拠〉)。

九月七日の午前中、被告人とDが、部屋からスチール製の机と袖机、ふとん袋、食器棚及びカーテンレールなどを運び出し、小型トラックで他所に搬送したことが、確認されている(〈証拠〉)。

一〇月七日の遅番視察時間中には、被告人らの動きは認められていない(〈証拠〉)が、翌八日の午後八時半ころ、リュックを背負ったCが部屋を出たこと(〈証拠〉)、翌九日、午後九時半ころ、登山用リュックを背負った被告人が部屋に入ったこと(〈証拠〉)が、それぞれ確認されている。

一〇日、午後四時ころから開始された遅番視察時間中には、被告人らの動きは認められていない(〈証拠〉)。

一一日の午後八時ころ、被告人の動き(入りか出かは明確でない)があったこと(〈証拠〉)が、確認されている。

一二日の視察時間中に、被告人らの動きは認められていない(〈証拠〉)。

一四日の午後六時ころ、被告人が部屋に入ったことは確認されたが、同日から翌一五日早朝まで続けられた視察中に、被告人らの出入りは認められていない(〈証拠〉)。

三  ○○荘視察状況等

1 九月中について

視察は九月一〇日から開始され、中旬の朝方、被告人が部屋から外出し(〈証拠〉)、同日夕方、部屋に入ったこと、そして、○○荘の北東約五〇メートルにある○×荘前に被告人のオートバイが駐車していたこと(〈証拠〉)、別の日の午後六時ころ、被告人が部屋に入り、同七時ころ、出ていったこと(〈証拠〉)が、それぞれ確認されている。

下旬、被告人が、オートバイに括りつけてきたダンボール箱(側面に「山形〈川〉東郷」との表示があるもの、なお、〈証拠〉)を部屋に運び入れ、間もなく出てきたこと(〈証拠〉)、別の日の午前七時ころ、Dがバックを背負って外へ出たこと(〈証拠〉)、別の日の午後二時ころ、Dが部屋に入ったこと、そして、○○荘の南方約一〇〇メートルにある高田郵便局裏の遊歩道上にDのオートバイが駐車していたこと(〈証拠〉)、また、別の日の早番視察時間中に、Dが外へ出たこと(〈証拠〉)が、それぞれ確認されている。

2 一〇月中について

一日、午前八時ころ、Dが部屋を出たこと、午後六時ころ、被告人が入り、すぐに出ていったこと、同七時ころ、バッグを持ったCが入ったこと、同八時ころ、Dが入り、すぐに出て、ビニール袋様のものを持って部屋に戻ったことが、それぞれ確認された(〈証拠〉)。

二日の視察時間中に、被告人らの出入りは認められていない(〈証拠〉)。

三日、午後八時半ころCが、同九時ころ被告人が、それぞれ部屋に入ったこと、視察終了の同九時半ころ、前記高田郵便局裏の遊歩道上に、被告人ら三名のオートバイが駐車していることが、それぞれ確認された(〈証拠〉)。

四日の朝方、Cが大型バッグを持って部屋を出たことが、確認された(〈証拠〉)。

五日の午後三時ころ、二個のバッグを持った被告人が部屋に入り、約一時間後に手ぶらで出て、同八時ころ再び入ったことが、確認された(〈証拠〉)。

六日、午前七時三〇分ころ、洋服ケース様のものを持ったCが部屋を出たこと、同八時ころ、Dが外へ出たことが、確認された(〈証拠〉)。

七日、午前七時前、高田郵便局裏の遊歩道上に被告人のオートバイが駐車していたこと、午後四時ころ、被告人が外出し、同八時ころ、Dが部屋に入ったことが、それぞれ確認された(〈証拠〉)。

八日、午前七時三〇分ころ、被告人が部屋の鍵を掛けて外出し、午後八時ころ、リュックを背負った被告人がオートバイでアパート前に乗りつけて、部屋に入り、数分後、再び右オートバイで立ち去ったことが、確認された(〈証拠〉)。

九日の視察時間内に、被告人らの動きは認められていない(〈証拠〉)。

一〇日(休日)、昼間、視察員を含めて捜査会議が行われたため、視察は数時間中断されたが、午後六時ころ、被告人が、引き続いてCが、それぞれ部屋に入ったこと、同九時ころ、大きなリュックを背負ったDが入ったことが、それぞれ確認されたが、前記の捜査会議の結果により同日から延長された視察終了時間の午後一〇時ころまで、右以外の出入りは認められず、そのころでも同室の電灯はついたままであり、C及びDの二台のオートバイが前記高田郵便局裏の遊歩道上に駐車しているのが、確認されている(〈証拠〉)。

一一日、午前七時ころ、被告人が部屋を出たこと、(〈証拠〉)、同八時半ころ、Dが外出し、しばらくしてたばこの箱様のものを手にして戻ったこと(〈証拠〉)、午後六時ころ、Dが部屋から出て、その後、被告人が入ったが、すぐに外へ出たこと、同七時ころ、LPレコード盤ぐらいの袋をもったCが部屋に入ったこと、同八時半ころ、Dも外から入ったことが、それぞれ確認された(〈証拠〉)。

一二日(日曜)、午前七時前、被告人ら三名のオートバイが高田郵便局裏の遊歩道上に駐車していたこと、同九時ころ、Dが部屋を出て、午後一時すぎころに戻ったこと、同二時ころにも、右遊歩道上に被告人ら三名のオートバイが駐車していたこと、同九時ころ、Dが外出し、しばらくしてビニール袋様のものを持って戻ったこと、同一〇時ころにもなお、右遊歩道上に被告人ら三名のオートバイが駐車していたことが、それぞれ確認された(〈証拠〉)。

一三日 午前七時ころ、前記遊歩道上に被告人ら三名のオートバイが駐車していたこと、同九時ころ、バッグを背負った被告人が部屋から出たこと(〈証拠〉)、同一一時ころ、Dが外出し、三〇分位後にビニール袋様のものを持って戻ったこと(〈証拠〉)、午後八時ころ、Cが部屋から出たこと、前記第四・二・1・(一)に説示のとおり、同九時半ころ、黒・白のビニール袋を各一個持ったDが部屋からでて、○○荘近くのごみ収集場所にこれを投棄して戻ったこと、同一〇時ころ、再び外に出て、しばらくしてビニール袋様のものを持って部屋に戻ったことが、それぞれ確認されているが、同日及び翌一四日早朝まで夜通し行われた視察中には、右以外の出入りは認められていない(〈証拠〉)。

一四日、前記第四・二・1・(三)に説示のとおり、午前一〇時半ころ、Dが部屋を出て、ごみ収集作業員に黒色ビニール袋を渡して戻ったこと(〈証拠〉)、午後五時ころ、Dが外へ出たこと、同八時ころ、Cが部屋に入ったことが、それぞれ確認されたが、前日の視察から引き続き一五日午後までの視察中には、右以外の出入りは認められていない(〈証拠〉)。

第八  その他の情況事実について

一  被告人の電子工学に関する知識・作業経験及び能力

1 被告人は、沖縄県の高校(物理クラブに所属し、アマチュア無線技術士免許を取得している)を昭和五〇年三月に卒業後上京し、東京都大田区蒲田にある夜間の電子専門学校(電子工学科)で二年間学び(〈証拠〉)、同五二年ころから五七年四月ころまでの間、大田区西蒲田に本社のある、オーディオメーカーの下請会社に勤め、親会社からの仕様書・回路図に基づくプリント基板への電子部品の組み込みやオシロスコープ・半田ごて等を用いての調整・誤配線等の修理を主に担当し、私的にもオシロスコープを購入したり、右スコープの修理のために回路図を手に入れるなどしていた(〈証拠〉)。さらに、同六〇年一二月から、川崎市高津区にある各種電子応用機器の組立等を主な業務内容とする、前記S無線電機株式会社にアルバイト工員として勤め、当初はプリント基板の組み込み・配線作業に、その後テープレコーダーの点検・調整作業を担当し、同六一年一〇月一七日まで勤務していた(〈証拠〉)。

2 右のような被告人の経歴等によれば、被告人が、回路図の読み取り、半田ごてを用いてのプリント基板への電子部品の組み込み・接続、各種配線・接続を行うことや、オシロスコープを用いてのプリント基板の調整・検査等に、いずれも習熟していたことがうかがえ、右各種作業を行う能力は十分有していたものと推認できる。

ただし、各時限装置等の中に、被告人が作業したことを肯認させる、固有の痕跡は判別できない(〈証拠〉)ばかりか、右遺留品中の各プリント基板の裏面の半田付けに多少の巧拙があり、複数人が作業に当たったとも疑える余地がある(〈証拠〉)。

3 なお、C及びDにつき、右作業を行う能力があったか否かの点は、証拠上全く不明である。

二  被告人、C及びDと、組織との関係

1 被告人について

被告人は、昭和五三年ころ新東京国際空港成田設置反対闘争(いわゆる「三里塚闘争」)に関連する組織の集団事件に加担したとして、航空法違反、凶器準備集合、火炎びんの使用等の処罰に関する法律違反、公務執行妨害、傷害の各罪に問われ、有罪の判決(千葉地方裁判所昭和五八年六月二〇日宣告・懲役二年及び罰金二万円・懲役刑につき執行猶予四年)を受けている(〈証拠〉)。

また、被告人が在室していた××荘には、戦旗・共産主義者同盟の機関紙「戦旗」が四部(戦旗社発行、甲二〇〇番・符一一六号、一九八七年三月五日号〔五五九号〕・同月一五日号〔五六〇号〕・四月五日号〔五六二号〕・四月一五日号〔五六三号〕/〈証拠〉)、同じく戦旗社発行のパンフレット二部(〈証拠〉)のほか、新東京国際空港に係わる火炎弾発射事件についての新聞記事のスクラップ・コピー三枚(〈証拠〉)が、それぞれ保存されていた。

2 Cについて

Cは、昭和四七年セクト間の対立抗争事件を端に発する内ゲバ事件に関連する組織の集団事件について、凶器準備集合、建造物侵入、傷害の各罪に問われ、有罪の判決(東京地方裁判所昭和四九年一一月一五日宣告・懲役一年六月・四年間執行猶予)を受け、更に同四七年沖縄返還阻止闘争に係わる解放区闘争に関連する集団事件について、凶器準備集合、往来妨害、建造物等以外放火、公務執行妨害の各罪に問われ、有罪の判決(東京高等裁判所昭和五二年五月二五日宣告・懲役二年・五年間保護観察付執行猶予)を受けている(〈証拠〉)。

また、Cは、前記○○荘捜索差押の際、持っていた黒色スポーツバッグの中に、戦旗・共産主義者同盟の理論機関紙「理論戦線」二冊(戦旗社発行・一九八六年一〇月号〈証拠〉)、同機関紙「戦旗」二部(一九八六年一〇月一〇日号〔五四六号〕-〈証拠〉)を、所持していた。

3 以上によれば、被告人及びCは、いずれも昭和五〇年前後ころには、左翼系の活動に関与し、本件前後には、戦旗・共産主義者同盟の機関紙等を相当部数所持するなどして、同組織の動向に強い関心を示していたことがうかがわれ、両名が、同組織の構成員ないしその同調者であることが推認されるほか、Dについても、その活動歴等は明らかでないが、前記の視察結果によれば、同人は、前述のように、○○荘等において被告人及びCと行動を共にしていたのであって、同様に戦旗・共産主義者同盟の構成員ないしその同調者であると推認できる。

三  Cが所持していた鍵とA車の盗難

A車の盗難推定時刻は、一〇月一三日午後一一時三〇分ころから翌一四日午前七時ころの間であり、第一現場に遺留されたA車の状況から、合鍵を用いた犯行であることが推認される。

ところで、一〇月一五日午前の○○荘で行われた捜索差押により、C着用のジャンパー左内ポケットから、ちり紙に包まれた鍵三個(鍵山測定器ようのもの-〈証拠〉)が、同人所持の黒色大型スポーツバッグから、合計五個の鍵(〈証拠〉)が、それぞれ発見押収されている。

右のうち、ちり紙包みの鍵三個は、その形状・構造からして自動車のシリンダー鍵の内部測定の用具と推認されること(もっとも、右に接続して用いる電気部品はない。)、また、五個の鍵のうち一個(〈証拠〉)の複製品が、盗難被害当時、A車の駐車区画二七番に隣接する同二八番に駐車していた普通乗用自動車(ニッサンブルーバード)の右前部ドア及びエンジンスタータースイッチの各鍵穴に合致する効用を有していること(〈証拠〉)、また、前記視察の結果によれば、Cは右盗難被害推定時間帯を含む、一〇月一三日午後八時ころから、同一四日午後八時の間、○○荘から外に出ていた状況にあったことが認められ、これらを併せ考えれば、検察官主張のように、Cが、合鍵によるA車の窃取行為に、何らかの形で関与していたのではないかとの疑いも、全くないわけではないが、いまだこれを断定することはできない。

四  ○○荘賃借人について

被告人が勤務していたS無線電機株式会社から提出を受けた履歴書(〈証拠〉)は、被告人自筆のものと認められる(〈証拠〉)。

ところで、○○荘押収品である、○○荘二〇三号室貸室賃貸借契約書(借主・H名義で昭和六一年九月(〈証拠〉)、メモ一枚(〈証拠〉)、振込金受取書一枚(〈証拠〉)、××荘押収品である、履歴書二通(〈証拠〉)、ノート一冊(〈証拠〉)のほか、○○荘二〇三号室に関する、賃貸借御客様名簿(〈証拠〉)、液化石油ガス法第一四条に基づく書面の受領書(〈証拠〉)、液化石油ガス設備調査票(〈証拠〉)、振込依頼書(〈証拠〉)を資料として、これらの各文書に現れた筆跡について、前記履歴書(〈証拠〉)との筆跡の同一性を、右資料全体の文字の特徴、筆圧、筆勢、書字能力を検査し、各個別の文字の特徴を拾い、その特徴が右履歴書に出現しているかどうかを対比し、その過程で作為性の介在があるか、変化が個人的変動の範囲内であるかどうかなどに留意して検討した結果として(〈証拠〉)、右各資料には、類似した特徴のある複数の文字が存在し、被告人自筆の履歴書と右各資料中の相当数のものが同一人の筆跡と推定できることが認められる。

もっとも、比較対照する文字の特徴点の全てを把握することは困難で、文字の異同の識別は鑑定従事者のパターン認識によるという鑑定手法上の一般的な限界はあるが、右鑑定は、対象範囲が「○○荘二〇三号室」の関係者に限定された中での関係文書の筆跡の同一性の検討という作業なので、鑑定従事者の知識・経験に基づき、従来からの手法でなされた鑑定であっても、信頼できるといえる。

右によれば、被告人が、九月一日付の○○荘二〇三号室の賃貸借契約を、他人のH名義で締結したことが推認できる。

五  その他の情況事実

各現場遺留品であるプリント基板のパターンと、三・二五事件に用いられたプリント基板のパターンとが酷似していること(〈証拠〉)や、被告人が在室していた××荘からの押収品の中には、昭和五九年七月一六日の時限式火炎物によるゲリラ事件に利用されたものとパターンが一致するプリント基板五枚(〈証拠〉)、基板にパターンを移す際に利用される、フィルムを作るためのレタリング(〈証拠〉)及び焼き付け台用のガラス板(同写真八八)、現場押収品のプリント基板に設置されているものと同規格のIC(〈証拠〉〔「SPG-8651」-周波数を発振する機能を有する〕)があるほか、○○荘・△△マンション及び××荘からは、多数の電子部品・工具等が発見されており、被告人の生活領域から、これら部品等を個人的用途向けに所持・利用していたことの合理的な説明はなされていない。

もっとも、右部品・工具等の購入時期・所有者等は一切不明(××荘押収品については、本件後に購入された可能性も一概に否定できない)であり、しかも、逮捕前、いつごろから、どのくらいの頻度で、被告人が××荘に出入りしていたかの点も不明である(〈証拠〉)という事情も、指摘できる。

第九  被告人の共謀共同正犯の罪責について

以上の事実を前提として、被告人の共謀共同正犯の罪責について検討する。

一  まず、各現場遺留品のうち、時限(発火)装置を構成する部品と、各押収・領置品とを比較検討したところによれば(第五)、各押収・領置品中には、現場遺留品の一部と連続していたことを推認させるもの(あたらシール・ストレートコード)が存するほか、同種・同規格の手製品(プリント基板・点火具)、既製品(スイッチボックス・各種電子部品等)、材質・規格等が一致ないし類似する作業くず(けずりくず・コード切端等)等が数多く存在し、時限装置の製造作業に必要な工具類もあったこと、また、F領置品中のレシート・領収書類を検討した結果によれば(第六)、一〇月六日に時限装置の電気回路の電源として組み込まれていた単三形乾電池合計八本が、一〇月七日にベルタイトボックスと各発熱部とを繋ぐ赤・黒平形ビニールコードの接続コネクターのオス・メス合計一八個が、一〇月一〇日に時限装置の収納容器として利用されたグリーンないしホワイトのベルタイトボックス等が、それぞれ購入され、順次○○荘二〇三号室に搬入され、これらが本件時限装置の部品の一部に利用されていることが認められる。

これらによれば、本件各時限装置の主要部分、すなわち、遅延回路としての中心的機能を有するプリント基板への各種電子部品の組み込み・半田による固定、スイッチ機能を果たしたスイッチボックス本体の工作・各種部品の設置、ストレートコードの接続、時限装置の収納容器としてのベルタイトボックス本体の工作・右ボックスへの各回路基板、単一・単三形乾電池の組み込み・固定、各回路基板と乾電池、乾電池相互間の半田による接続、各回路基板と赤・黒ビニールコードとの半田による接続、ベルタイトボックスと赤・黒平形ビニールコード、スイッチボックスとストレートコードの接着剤による固定等の作業はいずれも、○○荘二〇三号室においてなされたこと、そして、右作業のうち、ベルタイトボックス等を購入後でなければできない作業工程、すなわち、ベルタイトボックス本体の工作、右ボックスへの各回路基板・単一・単三形乾電池の組み込み・固定、各回路基板と赤・黒ビニールコードとの半田による接続、ベルタイトボックスと赤・黒色平形ビニールコード、スイッチボックスとストレートコードを接着剤によって固定する等の本件時限装置作成の最終段階ともいうべき各種作業は、右ベルタイトボックス購入後の、一〇月一〇日ころから同月一三日ころの間に、行われたことが推認される。

二  そこで、前記視察の結果を踏まえて、被告人との具体的な結びつきを検討する。

視察は二四時間体制でなかったため、視察終了後、翌日の視察開始時までの間、被告人らの具体的な出入りの有無が空白となっているうえ、検察官が立証上重要と考えた日時のみの視察結果が証言され、その他の日時の被告人らの行動は、被告人の勤務時間を除き全く不明であるという制限があるけれども、前記視察の結果によれば、被告人とC・Dらは、既に七月下旬ころから、△△マンション三〇五号室等において行動を共にすることがあり、それぞれが自由に出入りしていたこと、九月以降は、被告人が賃貸借契約を結んだ○○荘二〇三号室に、三名が出入りするようになり、一〇月に入ってその回数は増えていったことが、認められる。

そして、一〇月上・中旬の被告人の行動について見れば、一日、三日、五日、八日と、○○荘に出入りしているほか、一〇月七日の、少なくとも視察開始時(午前七時ころ)から午後四時までと、同日の視察終了以後のある時点から翌八日午前七時半ころまで、一〇日午後六時ころから翌一一日午前七時ころまで、一二日午前中から翌一三日午前九時ころまでの間は、いずれも同室に滞留していたことが、推認される。

これらによれば、本件時限装置作製過程で要求される作業をなす能力のある被告人が、九月以降○○荘二〇三号室への出入りを重ね、右時限装置の最終工程ともいうべき作業がなされたと推定される期間に対応する時期に、夜間も含め相当の時間、同室に滞留していたことから、被告人が本件時限装置二個の作製に関与していたことは、十分推認できる。

ただし、右時限装置に被告人固有の作業痕跡が見つかったわけでもないし、被告人以外の者の作業能力は不明であること、及び、ベルタイトボックス等の部品を購入・調達して○○荘に搬入することも、前記の被告人の出入り・出勤状況からみれば、これを行うことの可能性があったとはいえ、現実に、購入先から被告人が割り出されたり、当該部品の○○荘への搬入を目撃されているわけでもなく、同様に、C・Dの、購入日時に対応する○○荘外での行動は確認されていないけれども、現に、Dは一〇日に、Cは一一日に、それぞれバッグ等を持って○○荘に入っていることもあって、これらの作業の分担、時限装置の部品の購入・調達及び搬入・搬出(後記)に関して、被告人が具体的に分担した行為は、いずれも確定できない。

そして、前記タイムカード及び視察の結果によれば、被告人は、本件犯行当日の一四日、正規の時間に出・退社(午前七時五五分・午後五時四四分)しており、同日午後六時ころ△△マンションに入り、翌一五日午前に同室で逮捕されるまで、同室から外出していないことが認められ、被告人が、実行行為に関与したり、犯行現場に臨んでいた事実はない。

なお、本件時限装置は、前記の作業工程を経て○○荘から搬出され、一三日夜から一四日未明の間に盗まれた各車両に火炎弾・発射台等と共に組み込まれ、更に一四日午後五時ころには各現場に持ち込まれたものと想定されるところ、前記視察の結果によれば、被告人が一三日午前九時ころ○○荘からバッグを持って出たことは確認されているが、その後、遅刻の形で勤務に就いた午後二時までの間、及び、午後五時まで勤務した後、翌一四日午前七時五五分に出社するまでの間の事情は、いずれも不明である。

右にみたように、被告人が担当した具体的行為は特定できないが、視察時間中のみとはいえ、○○荘二〇三号室への出入りは、被告人ら三名以外には確認されておらず、しかも、前記の視察の結果によって認められる被告人とC・Dらとの、○○荘に居合わせた時間等を考えれば、被告人ら三名は、部品等の購入を含む調達・搬入・時限装置の作製及び同装置の搬出を、いずれも相互に意思を通じ、共同して行ったものと推認できる。

また、被告人としては、本件各時限装置が、七つの出力と遅延機能を有するプリント基板を中心とした時限装置であり、これが二組の複雑な時限発火装置付き火炎びん等の使用に際しての、一連の機構の枢要部に利用されること、さらに、推定される各時限爆弾装置の作製・搬出時期と本件火炎弾等の犯行時間が極めて近接していたこと等から、戦旗・共産主義者同盟の構成員らによって、本件犯行が近い時期に遂行されることを、それぞれ理解し、同構成員らによる共同犯行の態様等につき、概括的な認識を有しながら、前記時限装置の共同作製に参加したといえる。

三  ところで、判例によれば、共謀共同正犯における共謀は、厳格な証明の対象となる「罪となるべき事実」であり、その内容は、実行共同正犯における意思の連絡・共同犯行の認識に留まらない「二人以上の者が特定の犯罪を行うため、共同意思の下に一体となって互いに他人の行為を利用し、各自の意思を実行に移すことを内容とする謀議」をなすことであるが、他面、右趣旨の共謀の成立が判決挙示の証拠により明らかにされている限りは、「謀議の行われた日時・場所またはその内容の詳細(実行方法・各人の行為の分担・役割等)を、具体的に判示することは要しない」とされている。そして、右共謀の存在及び共謀への加担(順次共謀を含む)についての立証方法は、黙秘等のため加担者本人・共犯者の自白などの供述証拠が全くない場合でも、実行行為及びこれと密接に関連する行為との強い係わりを、他の供述証拠や非供述証拠を含む情況証拠等を総合することにより認められる場合には、前記内容の共謀が立証されるケースもあり得ることは肯定できる。

しかし、本件においては、検察官が立証主題として釈明した、昭和六一年九月初めころまでに、被告人がC・Dほか共犯者らとの間で本件各犯行の共謀を遂げたことを明らかにする証拠は不十分というほかはなく、前述のように、被告人が担当した行為は、時限装置作製に係わるもので、火炎びん使用の実行行為(火炎びんの使用等の処罰に関する法律二条一項)である火炎弾の発射等や、これに密接に関連する行為、たとえば、窃取した各車両に火炎弾等を含む発射機構及び時限装置を取り付けるとか、その車両を各現場に乗り付けて、見張りをする等の行為に関与したものでないのみならず、しかも本件の共謀及び実行に至るまでの過程を明らかにする証拠はなく、被告人が前記の作業を受け持つに至った経緯も一切分かっていない。

すなわち、戦旗・共産主義者同盟の内部組織・指揮命令系統及び人員構成等は、証拠上不明で、とくに、被告人及びC・Dの組織上の地位及び組織中枢との関係の濃淡なども明らかではないこと、したがって、本件各犯行が、実行行為者を中心とする組織構成員らの共謀によるもので、右共謀が、組織を媒介として放射状ないし連鎖的に徐々に形成・拡張されていったものであるとしても、その共謀形成の時期及び態様(順次共謀か否かの点も含めて)は全く解明されておらず、本件犯行に関して、被告人自らが、または、共同作業に当たったC・Dらを介して、同組織中の首謀者・中枢幹部、実行正犯者ら及び前記の関連行為を担当した者らの、いずれかの者と接触を持つ等の、共謀への加担をうかがわせる状況についての具体的な証拠はなく、被告人が実行行為の担当者らに与えた客観的・有形的な影響力は、時限装置の作製・提供により各犯行を容易ならしめたという限度に留まっている。

このような状況のもとにおいて、被告人の組織上の地位及び時限装置の作製を引き受けた経緯などが明らかでないのに、共謀への加担を推認し、被告人が担当した行為につき、実行行為者らの行為と法的に同等の可罰的評価ができるほど、犯行に寄与したものと見なすことはできず、結局、被告人が本件の事前共謀に関与したことを肯定し、共謀共同正犯の一員として扱うには、本件時限装置のもつ重要性を考慮しても、いまだ証拠が不十分である。

もっとも、被告人が、C・Dと共同して火炎弾発射等のための時限装置を作製するなどし、これが本件各犯行に利用されたことは明らかであるから、右は、戦旗・共産主義者同盟の構成員らがなした、本件火炎弾等の発射・使用の各犯行を容易にしたと評価すべきものであるから、判示のとおり、火炎びん使用幇助罪の刑責は免れない。

なお、被告人について、右幇助の罪を認定することは、訴訟法上、縮小認定に当たるものであり、検察官が主張・立証し、弁護人らも防御活動した同一の事実の範囲内で、証拠上、被告人が関与したと認められる事実をもとに、幇助の法的評価をしたものであって、とくに訴因変更の手続を採らなくても、判示事実を認定することも許されるものである。

(法令の適用)

被告人の判示各所為は、刑法六二条一項(六〇条)、火炎びんの使用等の処罰に関する法律二条一項に該当するところ、右はいずれも従犯であるから、刑法六三条、六八条三号により法律上の減軽をし、以上は同法四五条前段の併合罪であるから、同法四七条本文、一〇条により、犯情の重い判示一に関する幇助の罪の刑に法定の加重をした刑期の範囲内で被告人を懲役二年四月に処し、同法二一条を適用して未決勾留日数中、右刑期に満つるまでの分をその刑に算入することとし、訴訟費用は、刑事訴訟法一八一条一項ただし書を適用して被告人に負担させないこととする。

(量刑の理由)

本件は、いわゆる左翼過激派集団の一部の者らが、国の各種関係機関のひしめく首都・東京の中心街である霞が関及び永田町において、人の動きの多い午後五時すぎ、二台の乗用車に組み込んだ飛翔装置付き火炎弾(合計六本)の時限装置を作動させて次々に発射させ、うち数本を二〇〇メートル内外先の公道上などに着弾させたほか、右の各車両に設置した火炎びんを発火させて、各車両を炎上させたという事案であって、その組織的・計画的かつ大胆な犯行態様及び警ら中の警察官や通り合わせた一般人などに危害を及ぼしかねない危険性の高さなどは社会生活の平穏を乱す事犯の最たるものというべきで、いかなる主義・主張を背景とする政治的・社会的効果を意図してのものであるにせよ、かかる反社会性の強い犯行に及んだ者らの刑責は厳しく咎められなければならないところ、被告人は、前刑の執行猶予期間中であったにもかかわらず、右犯行に先立ち、他二名と共同して、同犯行に重要な時限装置の部品調達及び作製等を担当し、本件の実行行為を容易にしたものであって、その責任は重いといわなければならない。

したがって、本件により生じた具体的公共危険の程度が高かったとはいえ、幸いにして負傷者は出なかったこと、被告人の関与は幇助の限度に留まっていること、本件までの相当期間、工員として真面目に働いていたこと、既にかなりの未決勾留を受け、健康面にも留意すべき点があること、及び両親らが被告人の身を案じていること、などの諸事情を考慮しても、主文程度の実刑は免れない。

なお、本件は、非供述証拠を主体とする情況証拠に基づく共謀共同正犯の成否が問われたもので、証拠調期日の全てが検察立証及びその弾劾に充てられており、被告・弁護側は、当初から審理の早期終結を望み、犯行と被告人との結び付きに係わる証拠を除き、書証・証拠物の取調を全て認め、被告人を有罪とするに足りる証拠はないとの観点から、一切の反証をしなかったという事情があったので、これらを考慮し、未決勾留日数中の相当部分を本刑に算入することにした。

よって、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 松本光雄 裁判官 稲葉一人 裁判官 田村政喜)

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